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ご挨拶 MESSAGE

成長を喜びあえる仲間と、
電気と元気と愛をお届けする

私はサラリーマン時代、沢山の不満がありました。自分で会社をおこしたらこんなやり方はしない。社員をこんな気持ちにはさせない。
そんな思いで希望に満ち溢れ、3社の電気設備工事会社で学んだ後、28歳で創業しました。
最初1人で始めた時は、何でも自分の思うがままに仕事ができ順風満帆でした。
そして、忙しくなるにつれ1人ずつスタッフが増え、社長という立場になり、私は始めて、大きな壁にぶち当たりました。
サラリーマン時代に私が感じていた不満を、大好きな社員にも味あわせている。頭では解っていても、思い通りにならない日々が続きました。
とことん苦しんだからこそ解った事があります。自分が変わらなければ会社は変わらない。
その事を知った私は、まず自分の行動を変え、スタッフと真正面から向き合い腹を割り、とことん話しあう事で壁を乗り越える事ができました。
この立場をみなさまに頂いたおかげで自分勝手であった私は、少しだけ成長する事ができ、そして今、生涯共に生きていきたいと思えるスタッフと毎日楽しく仕事が出来ています。
人は成長する事に喜びを感じます。人が成長するには本気で関われる仲間が必要です。その成長を皆で喜びあえる仲間と共に仕事をしていく事が私にとっての最大の喜びです。
仕事を通じ、人として成長し、共に喜びあい、スタッフ全員でお客様に電気と元気と愛を、お届けする事の出来る会社を作りあげていきます。

元気でんき株式会社 代表取締役 河口エレキテル 元気でんき株式会社 代表取締役 河口エレキテル
河口エレキテルプロフィール
『歩むべくして歩んできた、電気人生』
  • Icon Thunder 機械いじりが大好きな幼少期

    電気製品に対する異常な執着と集中力はこの時期に確立されたと言っても過言ではない。とにかく機械いじりが大好きで、ラジコンを組み立てては分解を繰り返す毎日。学校での成績は決して優秀とは言えなかったが、機械いじりに関しては周りから一目置かれる存在に。

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  • Icon Thunder 電気屋にスカウトされた学生時代

    いつでも電気と触れ合っていたい、という思いから、近所の電気屋に足繁く通う日々。その熱意に惚れんこんだ(?!)電気屋の店主にスカウトされ、中学生でありながら仕事を手伝うようになる。そこでの仕事は、「テレビが映らない」「クーラーの効きが悪い」など、いわゆる街の電気屋さんの駆けつけサービス。 今思えば、ここでの体験が、現在のビジネスモデル電気トラブルの駆けつけサービス(元気でんき119 )の素地になったのかもしれない。
    そして、電気好きが高じて愛知県立東山工業高等学校(電気科)へ進学(成績のせいもあるだろ?!という声はさておき…)。中学生の頃から電気屋の手伝いをしていたため、その知識と技術はすでに学生レベルではなかった。

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  • Icon Thunder とことん技術習得に没頭した職人時代

    30歳で独立し社長になる!と決めて、高校卒業後は電気設備工事会社に就職することに。
    そこで、どこよりも誰よりも早く高度な技術が身につく会社は無いかと、知り合いに聞いて、職人技術集団の会社に就職。
    年間休日10日、朝は6:00には出勤、帰宅するのは24:00過ぎ、残業手当一切無しのスーパーブラック企業でした(笑)
    でもその会社の技術は本物だと強く感じた為、働く事はとても楽しく、寝る間も惜しんでがむしゃらに働いた。
    誰にも負けないやる気と元々の電気好きの才能もあってか、3年もすると先輩達よりはるかに技術レベルは上回っていた。

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  • Icon Thunder そして経営者へ

    職人感覚のまま、会社の何たるかを深く考えず起業、経営をスタート。社員が一人二人増え、小さいながらも組織ができてくると、「社長」という立場を意識するようになる。創業後は思った通りに稼働し、面白いように利益もあがりストレスも皆無、まさに順風満帆の日々。
    しかし、しばらくすると、職人とは全く異なる、経営者としての知識や経験が求められることが分かってくる。と同時に、社長とは社員たちから常に見られる立場であることを自覚し、社員たちの目を強烈に意識し始める。そして、この頃から経営者の勉強会に行き始める。

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  • Icon Thunder 経営者としての苦悩期

    勉強会で良き経営者としてのセオリーを学び、知識を深めると共に、経営者の先輩方から教わったことをとにかく実践してみる。
    そのうち「こんな経営者になりたい(ならなけれなならない)」という理想像を持つようになる。
    社員によく思われたい、距離を縮めたいという気持ちから、もともとの趣味であったアウトドアイベントを先頭に立って企画したり、自分が思い描く理想的な社長像を目指すために、いろんなことにトライした。
    社員教育も一生懸命勉強し、実践した。“それなり”に結果はあった。
    しかし、その努力の量に必ずしも結果は比例しなかった。“それなり”だったのだ。創業当時、あまり深く考えず、好き勝手やっていた時の方が(売上ボリュームはともかく)儲けは良かったのではないか…という思いが湧き出て、ジレンマに陥る。
    ちょうどその頃、ある経営塾でレベルの高い仲間と出会い、「これは敵わない… 」と実感し、落ち込む。その一方で自分だけにしかない、負けていない部分もあるように感じ、会社の経営理念でもある「等身大で生きる」という言葉を見つける。しかし、これまで無理して理想の社長像を演じ続けてきたことがたたり、精神的に追い込まれていく。

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  • Icon Thunder 経営者としての変革期

    ある時、バランス感覚に優れた心底尊敬出来る経営者と出会う。その人は理念をとても大切にするが、経営で結果を出すという事にも強烈に重きを置く人だった。衝撃だった。
    そして、いい人だけではダメだ、と頭のどこかで分かっていても、いつの間にか、自分が「これだ!」と思うことも遠慮して言えない状態になっていたことに気づく。経営には、社員教育もそこに掲げる理念ももちろん大切だが、でもそれは崇拝するものではなく、あくまで戦略的に使っていくべきものなのだ!そう思ったら、それまでどこか偽っていた自分を認められるようになった。
    そう、相手を気にして自分を抑える必要もないし、無理のない等身大の自分を経営者として選択するべきなのだ!

  • Icon Thunder 経営者としての目覚め、等身大の自分へ

    その頃、中古エアコン事業を始めるにあたって、競合となり得るリサイクルショップの調査を始める。
    そして、その店は決して好感触ではない接客対応をする従業員をよそに、会社としての業績はすこぶる良いことを知る。ショックだった。うちの社員の方がずっと社員教育も行き届いているのに、うちよりしっかりと利益を上げ結果を出している…なぜだ?!
    会社とは利益を上げ、生き残って成長していくことが本分であるならば、自分は経営者としてもっと考えるべきことがあるのではないか。
    すると、それまで内側(社内や社員)に向いていた視線が自然と外に向くようになった。社員教育や理念に固執・依存することなく成り立つビジネスモデルを築き上げることが重要なんだ、と。正しい事業選択をすることこそが、経営者としての存在意義なんだ、と。
    苦手なことに注力してもパフォーマンスは悪いし、誰も幸せにはならない。周りの顔色を気にしていい人ぶるのではなく、勝てる組織を作って結果を出すことが、自分も含めた社員たちの幸せにつながる、と今は確信している。

    自分の人生の歩みは常に電気と共にあり、そして、これからも電気と共に生きていく。そのことに誇りを持ち、等身大の自分を活かせる組織がいかに強いか、ということをこれからも証明し続けていきたい。

「河口エレキテル」の由来
私、河口エレキテル(本名:河口清一)は、ラジコンカーが大好きな少年でした。
今思えば、子供の頃から電気で動くものが大好きで、この仕事を選び、独立し、会社を興したことに気付きます。
どんなに大変なときでも無我夢中にやってこれたのも、純粋にこの仕事が大好きだったからなのだと思います。
一時、こうした純粋無垢な動機を忘れ、寄り道もたくさんしてしまいました。
ずいぶん遠回りしましたが、多くの挫折や失敗、友人、そして共に働く仲間から本当にたくさんのことを気付かせてもらい、私自身が生きていく
道をはっきりと理解しました。
私はこの仕事を心から愛しています。
そして、「この親から頂いた優れた能力を社会に使っていく事こそが私の使命なのだ!」と気付きました。
電気工事屋の社長として我が人生を生ききる。その決意として、誰が聞いても電気と思える河口エレキテルと名を変える事にしました。
もしかすると、ふざけていると思われるかもしれません。私にとっても小さな決断ではありませんでした。
それだけに決意も一層固くなり、"河口エレキテル"が私を鼓舞してくれるのです。
素の自分を取り戻した自分自身が持っている力を"元気でんき"を通して社会に注ぎます。
経営理念 PHILOSOPHY
等身大に感謝し元気と愛で生きる 親からもらった本当の才能を見つけ感謝する才能を活かしきることで元気になるすべてに思いやりの心を持って生きる

私は以前、ある経営者の勉強会で大きな挫折を味わいました。
そこに参加している経営者はどの方も敏腕経営者ばかりで、一緒に勉強するにつれて自分の経営者として能力の低さを痛感し、その場から逃げ出したくなるぐらい自信を失いました。私なんかが、経営をしていては、社員さんが不幸になる。と思い込む程、精神的に追い込まれました。
そんな時、ある仲間から最近元気ないね。どうかしたの?と声をかけて頂き、私が胸の内を話すと、確かに皆すごい所がある人ばかりだけど、河口さんの声が大きくて、いつも笑顔で元気なところが私にとっては羨ましいけどね。と言って頂き、それをきっかけに、私は今まで少しでも凄い経営者に見えるよう振舞っていた事をやめました。
常に自分を大きく見せようと生きてきた私にとってそれは勇気のいる事でした。それからは自分の価値観で、堂々と意見を言う事に、少しずつ手ごたえを感じていきました。どうやら私にも、光る部分があるようだ。それは声が大きくいつも笑顔で明るく元気な事でした。こんな優秀なメンバーにでも通用する私の特技それは、いつしか誇りにさえ思えてきました。しかしこの特技、私は、何の努力もしていない事に気づいたのです。唯一、皆さんに評価され、お役にたてたものが、親から頂いた素の自分だと気づき次の瞬間、両親への感謝の気持ちが溢れてきました。人は誰でも親から頂いた素晴らしい才能をもっている。
その才能をしっかり見つけ、自分の本当の等身大(親から頂いた才能)とは何かを知り、その等身大を人のお役に立てるよう活かしきる事で、自分も周りも元気になる事が出来る。そして、今世の中にもっとも大切なのはすべてに思いやりの心を持って生きるという事。人間愛に満ちた良き日本を創りたい。そんな思いでこの理念を掲げる事になりました。

中期3カ年経営計画発表会で使われたオープニングムービー(2018年4月)

Asset 12 元気でんきにおける経営理念とは

経営者として行き詰った時、私は、企業理念とは何か?について深く考えました。経営者の勉強会でもそう教えられるように、企業にとっての理念はとても重要です。もちろん、今でもその考えに変わりはありません。
しかし、その一方で、理念をはっきりと掲げていなくてもお客様に喜ばれ、利益を上げている企業があるのは一体なぜだろうか?
そんな中、ある経営者との出会いや企業研究を通して、想い(理念)と数字(計画)のバランスについて考えるようになりました。成功している企業は、その双方のバランスがとても優れている、それに対して自分(元気でんき)はどうだろう?
もちろん、どちらも自分は大切にしている。分析好きなもともとの性分から、経営計画はきちんと行ってきた。理念に忠実に社員教育などにも注力してきた。しかし、自分は想い(理念)を大切にするあまり、それにがんじがらめになって、自分自身も会社の可能性も広げられずにいるのではないか。想い(理念)をしっかり浸透させることも大事だが、経営者としてやるべきことは、それをいかに戦略的に活用していくか、ではないか、と感じ始めました。そして、社員たちを幸せに導いていくために、潤沢な利益をもたらす企業としての舵取り、つまり正しい事業選択をすることこそが経営者としての自分がやるべき使命だ、と気づき、それが自分の心と体にスポッとハマって解放されていくのを感じました。

今の私(元気でんき)にとっての理念は、手放しに信奉するものではなく、事業の選択と共にあって初めて生きるもの、と考えています。正しい事業選択による正しいナビゲートで企業価値を高め、その時々の等身大を最大限に引き出していきたいと思います。

ビジョン VISION
人間愛に満ちた良き日本を創る 人間愛に満ちた良き日本を創る
行動指針 ACTION POLICY
相手を変えようとせず、まず自分が変わり行動し成長し続ける事を喜びとします 相手を変えようとせず、まず自分が変わり行動し成長し続ける事を喜びとします 今ある自分の環境を、心より感謝できる人になります 今ある自分の環境を、心より感謝できる人になります 頂く報酬以上の満足感を提供し、ありがとうの言葉を働くエネルギーに変え、世の中に貢献し続け、物心両面の幸福を目指します 頂く報酬以上の満足感を提供し、ありがとうの言葉を働くエネルギーに変え、世の中に貢献し続け、物心両面の幸福を目指します